踊り子の魔女 第七十二話:浄化と再生
こんな本先輩はどこから持ってきたのか…。パラパラと、窓に雨粒が当たる音を聞きながら、古くて高級そうで重い本を机の上に広げて、紅茶片手にのんびり一人、部室で精霊の本を読んでいる。
今日は週末。授業がないので部室の外に部活に来ている生徒たちの声がほんのり聞こえるだけで、とても静かだ。
ひんやり涼しい空気に包まれながら、ページをめくっていると、ボーッとし始めていた意識を呼び戻すような面白い表題が目に入る。紅茶を手放し、両手で本を掴む。
【四大精霊の役割】
「よんだいせいれいの、やくわり?」
ページをめくる手が早くなる。
「いた!」
思わず手を紙で切ってしまったが、今はそんなことどうでもいい。とにかくこの先がものすごく気になった。
【火と風は浄化を】
【水と土は再生を】
【闇を焼き払い。巻き上げ散らす。】
【癒やしを与え。循環を促す。】
【精霊が自然そのものであるというのは、比喩ではない。彼らは草木を育て、空気を澄ませる。】
【精霊の力を借りるということは、世界のつくりを覗くということ。彼らの声を聞けば、世界を聴くことができるということ。彼らとともに生きるということは、流れの理に身を投じるということ。故にフルクサーは魔術師であり、魔術師でないのだ。フルクサーとは最近では精霊士と呼ばれている者たちを指すので、以降、精霊士と表記する。】
「根本として、使用している力が違うのである。」
む、難しいな。息を止めていたのではないかと錯覚するくらい集中していた。肩を上下に動かし呼吸を整えながら、天井を見上げ、今読んだ内容を考え直す。
椅子の前足を床から浮かせて、椅子をゆらゆらしながらしばらく考え込んだ。
「浄化と、再生。」
確かに私は精霊についての本を読んだ数は少ない。でも、こんなこと聞いたことない。
ガタッ。
椅子をもとに戻して、更に読み進める。
【この力を使い、古来より精霊士たちは、傷ついた土地を癒やし再生する力の一端を担ってきた。】
「古来より。って精霊士たちはがそんな仕事してるなんて、先生から一度も聞いたことない。なんで。」
読めば読むほど、疑問の湧いてくる本だ。
「とにかく、読み切るっきゃないな。」
そこからは、とんでもない集中力を発揮して、ものすごい勢いで読み進めていった。
精霊士は今でこそ精霊士と呼ばれているけど、本にある通りの役割を担っていた頃はフルクサーとも呼ばれていたんだ。
「循環させ、変化させる者。」
じゃあ、もしかして!
思いついたら手が止まらない。とにかくどこかに記述されていないのか、ページを捲る手が止まらない。切った指先の痛みなんてない。必死に探した。
「あった…。」
【魔獣の浄化陣】
【魔獣を消滅させるために、数多の英雄、魔術師、剣聖、呪術師達が力を尽くした。それでも、かの者たちを倒すことは容易ではなかった。】
【力でもって制するも。術によって制するも。どちらの方法でも倒せはするが、膨大な力や能力、技術力が必要とされた。】
【その中でも、本人の力に依存することのない精霊士は、魔獣に対しての対抗力が最も強かった。】
「ここでは、歴史を語ると長くなるので、技術的部分に重きをおいて記していく。」
右のページに魔法陣絵と、術者に必要になる力について記されている。
その後も、細かく技術的なことから、心構えまで、必要なことがびっしりと記されていた。
すごく難しい。でも。
でも、あの湖がかつて水の精霊たちの住処だったというのなら、ミリのためにも元の姿に戻してあげたい。
魔法陣。精霊師。精密な魔力操作。
!もしかしたら。
皆と一緒にならできるかもしれない!
バタッと本を勢いよく閉じて、勢い良く立ち上がると椅子が倒れてしまった。
急いで椅子を元に戻して、半ば適当に机の下へ入れ込むと走って部室を後にした。
とにかく、作戦を練らないと!
出来るかもしれないという小さな希望が、私の冷静な目を曇らせ勢い任せに、走りながら頭の中で浄化の計画を立てる。
「ただいまシェシェ!」
部屋に戻ると、シェシェに声をかけてすぐに本を開くと、周りの音が耳に入らないほど真剣に続きを読み始めた。
魔法陣は、先輩とラキアに意見を聞いて。
魔力の操作なら、ゼスとセドル、ルルに手伝ってもらって。
もちろん肝心の精霊師は私自身。
一人で出来なくても、みんなで力を合わせたら絶対に成功する!
とにかく本をめくる手が止まらない。次から次へとどんどん、浄化についての知識を読み込んでいく。
何時間たったかわからない。読み終えて体を思いっきり伸ばしながら窓の外を見る。
雨が降っていたとはいえ、気づくとすっかり真っ暗になっていた。
『やっと終わったの?なんでもほどほどにしなさいよ。』
心配と呆れの混ざった声色で、シェシェが話しかけてきた。
「とっても、とーってもいいことを知ったの!だからどうしても今日中に読み切りたくて。」
外の世界にも意識が戻り、シェシェとおしゃべりを始める。正直今まで息をしていたのかさえ怪しいくらい、とんでもない集中力を発揮していた。
『それで、何をそんなに真剣に読んでたの?』
「じゃじゃーん。」
私は勢いよく、シェシェの目の前に両手で本の表紙をもっていった。
「これ。先輩が勧めてくれた本なんだけど。ものすごい情報が載ってたの。精霊師が浄化の能力に長けてるって話なんだけど。昔はねフルクサーって呼ばれてたんだって。」
『ああ、フルクサーね。またよくそんなことが載ってる本を見つけてきたもんね。』
「え、シェシェ知ってるの?!教えてよ!」
『教えてって、聞かれたことないのに教えるも何もないでしょ。マリーがそんなこと知りたかったってことも知らないし。』
「たしかに。そうか。」
驚いた。こんな古臭い本に載っている情報をシェシェが知ってるなんて。いったい何歳なんだろう。……。聞くのはやめておこう。なんか聞きにくい。
『それで。フルクサーがすごい情報なわけないでしょ。ほかに何が載ってたの?』
「ふっふっふ、なんと、浄化陣について詳しく載ってたの。だからもしかしたらスイーズ湖を浄化できるかもしれないと思って!この本をもとにやってみようと思うの!」
『浄化。ねぇ。』
?なんだかシェシェの歯切れが悪くなった。
「何か問題でもあるの?」
『そうじゃないけど。私もフルクサーにあったのなんてだいぶ昔だし。そもそも浄化を行ってる精霊師なんてめっきり減ったから。今の時代でもそう簡単にできるものなのか心配なの。』
「会ったことある??え?」
『本当にかなり昔だし、ほとんど記憶にない存在だけどね。』
この本は、えーっと。今から六百年ほど前に発刊されている。
ふーん。
……。
「それで、みんなにも手伝ってもらってやってみようかなって思ってる。」
私は、考えるのをやめて、話を元に戻す。
『そうね。一人でやらせるには心配だけど。……まあ、どうしてもっていうなら。』
「いいってことね!」
『でも、ダメだと思ったり。少しでもうまくいかないところがあったらすぐ辞めさせるから。』
「はい!ちゃんと頑張ります。」
明日は先輩に相談して。みんなにもとりあえず相談してみよう。
みんなが反対したらやめればいいし、とにかくこんなすごいことをやらずにはいられない。
何とも言えない高揚感に包まれながら、私は自分を落ち着かせるためにお風呂へ向かった。
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