踊り子の魔女 第七十話:研究開始
【精霊の歴史について】
これが私がこれから二年間かけて研究していこうと決めたテーマだ。
まあ、研究といっても調べてまとめるっていうのが主な作業だけど。
でも今一度、今私の持っている力とシェシェのルーツをしっかり知るのはとても大事なことだと思った。今までなんだかんだと、実技に重きを置きすぎていたということにも気づけたし、いいこと尽くしでなんだか嬉しい。
「で、なんでセドルがいるの?」
あれから学校が終わると必ず部室に向かっていたある日、突然部室にセドルが現れた。というか、私より先にいた。
「僕は選択授業で、魔法史をとるくらい魔法の歴史が好きなんだよ。ここにいてもおかしくないと思うよ。僕としては、マリーがこの部に入ってくれてとっても嬉しいよ。マリーが所属することになったって、まきえ先輩から聞いたときは、本当にうれしかったんだから。」
にっこにこのセドルが、私が入ったことをとても喜んでくれているのを見て悪い気はしなかったが、まさかこんな身近にこの部に所属している人がいるとは思っていなかったからとても驚いた。
「驚いた。なんだ部活に入ってるなんて知らなかったよ。言ってくれたらよかったのに。」
「言ったら入ってくれたの?」
「うーーん。それはわからない。正直、この部活にはまきえ先輩がいたから入ろうと思ったわけで。」
「まきえ先輩が要因なの?」
「なんか、私にくれたアドバイスが的確で、頭がよさそうで、とっても頼りになりそうで。入ってもいいなーって。」
「そうか、マリーは頭のいい人が好きなんだね。」
「まあ、よくないよりは良いほうがいいよ。そりゃあ。」
「わかった。」
そう言ってセドルは口を閉じて、真剣に本を読み始めた。
何か悪いことでも思い出したのか……課題かな?
「お疲れ二人とも。」
「お疲れ様です。まきえ先輩。」
「…。」
「セドルは、なんかすごく真剣だね。」
「そうなんですよ。突然真剣に本を読み始めて。」
「そっか。で、マリー調子はどう?」
「まだ始めたばかりなんで進んでないんですけど。そもそも歴史っていっても、三界大戦のあとから調べるか、前から調べるか悩んでて。」
「三界大戦後か、前か。後のほうがいいと思うよ、そもそも原初の時代の記録って三界大戦で数が減ってるから、本気で調べるなら大学に行ってからのほうがいいよ。これからの二年間で調べるには難易度が高すぎる。今できる範囲で出来ることをしっかりこなしたほうが絶対にいいと思うよ。」
「おおお!さすがです。やっぱり先輩に相談して正解でした。」
年の近い年上の同性の先輩というのはやっぱり相談がしやすい。何よりいつも的確にアドバイスをくれてとっても助かる。
何とも言えない尊敬の念があふれて、気持ちが温かくなった。
「それくらい僕に聞いてくれてもこたえられるのに。」
「?セドル、今なんて言ったの?」
「いや、独り言だから気にしないで。」
「?わかった。」
「セドルは悩める年頃だから、そっとしておいてあげよう。」
「セドルも色々大変なんですね。」
私には相談できないような悩みも、先輩にはきっと相談してるんだろうな。
そんなことをぼんやりと考えながら、私は先輩に促されて窓際の席に先輩と一緒に座って、精霊についてのおすすめの歴史書を教えてもらった。
***
「ただいまー。」
『お帰り。まって、ベッドに飛び込む前にお風呂。』
「はい。」
二年生になってから、授業の時以外はシェシェと離れて行動することが少し増えた。特に部活動にはシェシェはほとんどついてこない。
特に術を使う部活に入ったわけではないので、行く必要ないと言っていたけど。なんかそれだけじゃないような。気もする。
「ねえシェシェ。シェシェはさ精霊の歴史ってどのくらい知ってる?」
『……。』
「聞いてる?」
『……聞いてる。』
なんかいまいち、テンポ感が悪い。
『マリーがもう少し、基本的なことを知ったら、私からも話してもいいと思ってる。』
「!……わかった。」
いつになく真剣な顔でそう言われて、それ以上追及はできなかった。
長い付き合いになるけど、シェシェの生い立ちとかそういうのってなんだかんだ、今まで聞けたことないんだよね。
『……。』
真剣なシェシェの横顔を眺めながら、私は研究のための本をカバンから取り出して読み始めた。
しばらくするとシェシェから声をかけられた。
『マリー。夜ご飯は食べてきたの?』
「え、あ、そういえば。本を読みたい気持ちがいっぱいで食べてくるの忘れた。」
『もうすぐ食堂が閉まるけど。』
「え?」
窓の外を見ると、すっかり日が落ちていた。
「やばい!行こうシェシェ。」
『私は今日はやめておく。ちょっと考えたいことがあるの、一人にしてくれる?』
「…わかった。またあとでね。」
シェシェを一人部屋に残して、大丈夫な範囲で勢いよく食堂へ向かった。
*****
いつか、いつか心の整理がつくって思いながら長い時間を生きてきたけど。
気持ちというものは本当に望んだようには変化してくれない。
『風の精霊の歴史を語るということは、私の話をするということ……。』
誰もいない部屋の中に、私の声だけが沈んでいく。
まだ話せない。私は、私の問題にまだ折り合いをつけられていない。
『いっそ、全部ぶちまけて……。』
けれど、これは私の問題。
許しはない。一人で生きていくと決めたあの時から。
優しいマリーにすべてを話したら、きっと私の力になってくれる。
それでも。今はまだ、私は一人で向き合いたいの。
『一人で、生きていく。か。』
ふと懐かしい顔が思い浮かぶ。
『元気かな。』
唯一会いたいあの人に、私はずっと背を向けている。
どんな私でもきっと受け入れてくれるから、だからまだ戦っていたい私は、あの人から目を背け続ける。
『いつか、マリーにもあってほしいな。』
窓の外に、疲れた心から一瞬でも遠ざかるように、ただ遠くを見つめた。
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