踊り子の魔女 第六十三話:水の王は語る
「ねえ、週末の遺跡ダンジョン探索の特別実習、みんなも一緒に来てくれないかな?」
授業の合間、セドルが遊びに行くくらいの軽さでダンジョン探索に誘ってきた。
「ダンジョン探索? なんでまた?」
「魔法の歴史を専攻しているからね。その観点から実地調査に行きたいんだけど、実践と同じようにチームを組む決まりがあって、好きな人を誘っていいって言われてるんだ。ゼスとラキアはもう快諾してくれたんだけど……。よかったら三人もどうかと思って。楽しいよ?」
「もちろん行くわよ! ダンジョンなんて燃えるじゃない!」
「私も暇ですし、ルルが暴走しないようについて行ってあげるわ。マリーも行くでしょ?」
ルルとトーカが即答し、私に視線を向ける。 もちろん、断る理由なんてない。
「うん! 私も行ってみたい!」
『気をつけなさいよ、ダンジョンは魔力の溜まり場なんだから。』
「大丈夫。研究も探索も終わった古いダンジョンで、今ではこういう勉学のために使われている安全な場所だから。」
シェシェが忠告してくれたけれど、この頼もしい五人がいれば不安よりも楽しみの方が大きかった。
***
週末、引率の先生と共に訪れた遺跡ダンジョンは、ひんやりとした空気に包まれた神秘的な場所だった。
魔法の歴史学を取ってる生徒たちが、みな思い思いにチームメンバーを連れてきているので、だいぶ大所帯となっている。
これでも希望者のみの参加だから全員はいないらしい。
中にはかつて人が住んでいたような石造りの柱や、透き通った地下湖が広がっている。到着するや否や、すぐに自由研究を促されチームごとに探索が始まった。
セドルが、目の届く場所にいれば、私たちは自由にしていていいとのことで、ルルとトーカと三人できれいな石を拾って集めて。
誰かがきれいな花を見つけたら呼びつけ。
とにかく見たことのないものにドキドキしながら、あーでもないこーでもないと、雑談をしていた。
***
「はい、本日の実習はここまで! 帰還する者は案内に従うように。もう少し見て回りたい者は残っても構わないが、中には絶対に入らないこと!寮に戻るのがあまり遅くならないように。」
とはいえ、朝がものすごく早かったから、まだお昼過ぎ。
先生が解散を言い渡し、他の生徒たちが帰路につく中、セドルが目をキラキラさせて壁の古代文字を見つめていた。
「すごいな……この術式の跡、歴史書でしか読んだことがなかった。もう少しだけ調べていってもいいかな?」
「しょうがねえな、付き合ってやるよ。俺もこの辺の構造には興味があるしな。」
「俺は剣の素振りでもしてるから、なんかあったら声かけてくれ。」
ラキアとゼスも残る気満々だ。当然、私たち女子三人も一緒に残ることにした。
「男子たちは難しい顔して壁ばっかり見てるわね。私たちはあの水辺のほう、行ってみない?」
「そうだな。空気が澄んでて気持ちいいし。」
人がいなくなった瞬間トーカは素に戻る。ここまでくると特殊能力。
ルルの提案で、私とトーカは男子たちから少し離れ、広大な地下湖のほとりをうろうろと歩き始めた。
その時だった。
――ゾワッ。
肌が粟立つような、本当に一瞬何とも言えない冷たさを感じた。
「ルル、トーカ!」
考えるより先に二人の手をつかんで、勢いよく伏せた。
「えぇ!!」
「なっ!」
とにかく、早く!
私たちの足元から凄まじい勢いで水柱が立ち上り、ドーム状の壁となって三人とシェシェを完全に包み込んだ。
「な、何これ!?」
「ルル、トーカ、大丈夫!?」
二人は目をぱちくりさせながら、ただうなずいている。
「何者!というかこの感じ水の精霊ですね?」
こんな時、冷静さを欠いてはいけない。実践で先生に何度も言われた。
「敵!?」
ルルが拳を構え、トーカがハッと我に返った。私も風を練り上げようとしたその時――。 水のドームの中央に、一人の美しい女性と、小さな男の子の姿が浮かび上がった。
透き通るような青い髪と、水面のように揺らめくドレスを着た女性。ただそこにいるだけで、圧倒的な気高さ深さを感じる。
ミリに似てる。
その傍らにいる薄い金髪のショートヘアの男の子は、白をベースにいろんな色が揺らめく不思議な瞳で、私たちを見つめていた。
『ふふ、ごめんなさいね。驚かせるつもりはなかったのよ。』
女性から、鈴を転がしたような美しい声が響く。
『ご無沙汰しております。水の王。』
『シェシェ。元気そうね。』
『ウンディーネもお変わりなく。』
あのシェシェが、深く頭を下げている。
しかも、いま。水の王って言った??
「!? 水の、精霊王!?」
四大精霊の頂点。おとぎ話にしか出てこないような存在が、なぜ目の前に!?
『ずっとこの遺跡の奥で過ごしていたのだけれど、……あなたから、とっても懐かしくて、愛おしい気質を感じたから、ついお話してみたくなったの。』
気質?シェシェのこと?
ウンディーネ様が私に向かってふわりと微笑む。
『隣にいるトーンに手伝ってもらって、外からは見えないし声も聞こえないようにしてあるの。少しだけお茶会でもしない?』
男の子の精霊――光の精霊トーンが、えへへ、と嬉しそうに笑って手を振った。
えっ!? 精霊王とお茶!? ルルとトーカも完全に毒気を抜かれ、目を白黒させている。
かくして、外のセドルたちは何も知らないまま、私たちはウンディーネ様やトーンと一緒に、涼しくて快適な水のドームの中で、他愛もない話で大いに盛り上がってしまったのだった。
***
『……? なんだか外が騒がしいね。』
しばらく談笑していると、トーンがドーム表面を指さした。波打つように揺れている。
あ!!
「いけない! セドルたち、のこと忘れてた!」
「やばい、すっかり忘れてた。」
「ウンディーネ様、お願いです、ドームを解いてください!」
『あら、それはごめんなさいね。』
ウンディーネ様さっと腕を振り下ろすと、水のドームが一気に流れ落ちた。
「マリー!! 無事かい!?ルルとトーカも。」
セドルが飛び込んできて、肩を強くつかまれた。
セドルがいくつもの魔法陣を空中に展開しており、ゼスとラキアも武器を構え、今にもとんでもない攻撃が飛んできそうだった。
「ストップ!ストップ!!」
ルルが血相を変えて、三人を止める。何とか落ち着かせ、なぜこんな状況になっているのか説明を求められた。
「かくかくしかじかで、あ、あはは……ごめん、ちょっとおしゃべりしてて……。」
視線をずらす。
「おしゃべり!?」
呆然とする男子たちの前に、ウンディーネ様が優雅に進み出る。
『あなたたちも、マリーのお友達ね。驚かせてしまってごめんなさいね。』
圧倒的な精霊王の気配に、男子三人が息を呑んで固まる。
「マリー……その精霊は?」
「……水の精霊王、ウンディーネ様だよ。こっちは光の精霊のトーン。」
トーンは笑顔で手を振ってくれている。
『私が彼女を招き入れたのはね、彼女から、とても居心地の良い……そう、私と同系統の、とても良い匂いがしたからなの。』
同系統? 私からする水の精霊の匂い。
ミリのことかな?
「私の先生が、水の精霊士なんです。だからそのせいかもしれません。とってもいい子なんですよ。」
私が答えると、ウンディーネ様は嬉しそうに、そしてどこか慈しむように目を細めた。
『そう。よかった……。若い世代には平和なこの時代で、自由にのびのびと生きてほしいわ。』
ウンディーネ様は、そんなことまで感じ取れるのかとびっくりすると同時に、力の差をまじまじと感じた。
『……あなたたち、歴史を学んでいるらしいね。いいでしょう。これも何かの縁。あなたたちに、私の昔話に付き合ってくれないかしら。』
ウンディーネ様が静かに語り始めたのは、世界最大の湖『スイーズ湖』の歴史だった。
かつてそこは、水の精霊たちの美しい住処であり、楽園だったという。 けれど、三界大戦で湖は大きく傷ついた。
『長い年月を経て、水は満ち、見た目だけは元通りに回復した。けれど……底に沈んだ大きな傷は残っている。故に魔力自体の回復はしていない。私たちの帰る場所もいまだない。』
だから、そこに住んでいた精霊たちはおのおの住みやすい場所へと移っていき、王と系譜の近い者たちだけが、このダンジョンの少し先にある湖にひっそりと住んでいるのだという。
見た目は治っても、魔力は戻っていない。 いまだに千年以上も前の傷跡が、癒えていないことにとても驚いた。
『いつかまた、あそこが本当の楽園に戻る日が来るといいのだけれどね。……さあ、長話が過ぎたわ。聞いてくれてありがとう。毎日同じ顔しか見ていないから、新しい知り合いが出来てとても嬉しいわ。もし機会があればまた遊びに来て頂戴。』
「ウンディーネ様……。」
『また会いましょう、風に愛された人間の娘と若き者たちよ。』
ウンディーネ様とトーンの姿が、ゆっくりと透明になり消えた。
これから本格的に始まる精霊術の授業の前に、私は精霊たちの悲惨な歴史を知った。彼女の語ったスイーズ湖の悲しい歴史。そして、どこか寂しそうな微笑み。 その記憶は、私の胸の奥に深く、静かに刻み込まれたのだった。
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