踊り子の魔女 第五十二話:少女の目覚め
その知らせは、どこの学校に行こうか、先生が取り寄せてくれた資料を見ているときに届いた。
ペンダントが光る。
軽く魔力を込めると文字がうかびでる。病院に行っている先生からだ。
【クレアの目が覚めた。病院においで。】
ガタッと勢いよく立ち上がる。とにかく、とにかくすぐに行こう!
階段を駆け上がり、カバンを取る。ケープを羽織って、また階段を駆け下りる。
『落ちつきなさいよマリー。』
シェシェに注意される。
「そ、そうだね。でも急がないと!行くよ。」
とにかく、今、クレアちゃんがどんな状態なのかが気になって仕方ない。気持ちに足が追いつかない気がする。
『落ちつきなさいって。マリーが怪我したらだめでしょ。』
もう一度なだめられて、渋々立ち止まる。
確かに、焦りは禁物だよね。
「ありがとう、落ち着く。とにかく歩いていく。」
『よろしい。』
スーハー。吸って、吐いて。一度深呼吸をする。どんなときも冷静さを失わないように。
『急がなくても、あの子は逃げられないから。』
「別に、逃げたりしないと思うんだけど……。」
『私は、正直、獣人に対しては、体力バカの脳筋って印象があるから。それに、警戒心の強い種族だから、いきなり逃げ出してもおかしくないと思ってる。』
「獣人に対してそんな風に思ってたんだ。街にいる人達はそんなことないよ?」
『確かにそうだけど、獣人族の元々の気質の話をしてるの。誠実で悪い種族じゃないけど、その分プライドも高めだから。まあ、これも個人によるから、あの子とは、話してみないとわからないか。』
「そうなんだ。獣人としっかり関わることなかったから知らなかった。私的にはいい人多いし。」
『まあ、言って話せるようなら、話してみよ。』
「そうだね。」
そっかぁ。もしかしたら、あの子と話せるのか。楽しみだな。
なんやかんやと、シェシェと話したおかげで、落ち着くことができた。ついでに病院もすぐそこだ。
クレアちゃんは、いま身元がわかっていない。だから、一旦の後見人は国の、なんか子供を守るかいみたいなやつらしい。助けた私達は、魔術師で身分もしっかりしていることもあり、特別に面会が許されている。
コンコン。
クレアちゃんの部屋のドアを叩く。
「どうぞ。」
?知らない声に許可をもらう。病院の人かなと思いながらドアを開く。
綺麗な、輝く銀髪に耳の生えた、白衣を着た獣人の女性が立っていた。
「マリーおつかれ。」
奥で先生が手をヒラヒラと振っている。
「あ、はい。あの、はじめまして、マリーと申します。」
私は先生に返事をして、お医者さんにお辞儀する。
「はじめまして。私はクレアの担当医の久我琴音《くが ことね》です。よろしくね。クレアの体調もいいから、少しなら話せますよ。」
「ありがとうございます。」
私はうながされた椅子に座る。
「あの、はじめまして。私マリーって言います。体調はどうですか?」
『クレア、この人はあんたのことを助けてくれた人だよ。』
ベラがクレアちゃんに向かって話す。すると、クレアちゃんは頷いて、話し始めた。
「あの、私達のこと、助けてくれて、ありがとう。」
「助かってよかったです。それで、クレアちゃんは今いくつ?」
「多分、十三歳。」
眉間にシワが寄りそうになり、慌ててもとに戻した。十三歳?こんなに小さいのに?
「そっか。私は今年十九歳になったの。クレアちゃんの六つ上だよ。ベラとはいつから一緒にいるの?」
「ベラとは、生まれたときから。でも、だんだん見えなくなったの。」
「生まれたときから?」
「そう。お母さんが言ってた。」
生まれたときから精霊と一緒だなんて、初めて聞いた。
先生の方を見ると、先生も驚いているようだった。
「いつから見えなくなったか、覚えてる?」
「お母さんと、お父さんがいなくなって。怖い人に捕まったとき。」
先程から、クレアちゃんは、淡々と質問に答えてくれる。ほとんど感情を出さずに。
我慢している様子はなく、ただ、ただ答えているだけのようで、それが少し不安だ。
「そっか。辛かったんだね。もう大丈夫だからね。」
ありきたりな言葉しかかけられない。自分の無力さを噛みしめる。
「そろそろ休もうか、クレア。」
琴音さんが後ろから声を掛ける。
「はい。」
短く返事をしたクレアちゃんは、素直にベッドに横になった。
「みんなに、話があるの。部屋の外に出てもらえる?」
琴音さんはそう言われ部屋を出る。
廊下の椅子に座ると、琴音さんは話を始めた。
「クレアは、狐族なのよ。だから同じ狐族の私が担当医になったんだけど。理由はそれだけじゃないの。あの子ね、半獣なのよ。」
半獣。奴隷商も言っていた。
「正直、今の時代でも半獣に対して、反感を持つ者は少なくないってことは知ってるわよね?」
そう、それが数の少ない最大の原因。
今でこそ、そこまで差別的なものはないが、それでも一部差別をする人がいるのも事実。その昔、人間が獣人族を迫害し、蔑んだ時代がある。そのせいで種族間に大きな溝ができた。だからこの二つの種族の交わりは、他の種族同士の交わりよりも、強い反感を買った。
「じゃあ、あの、クレアちゃんの両親がいない理由って、もしかして。」
「本人から聞いてはいない。この精霊が話してくれたんだ。」
「ベラからですか?……え。え?ベラのこと見えてるんですか??!」
「ええ、私も魔術師だからね。一応。」
「で、でも、精霊士じゃないですよね?」
「そうね。銀魔術師よ。」
「治癒魔術を使えるってことですよね。でも、それじゃあなんで……。あ、そうか、近年では魔力を多く持つ人間にも、精霊の姿がみえるようになってるって。そんな、論文が出てたような。」
「そうそう。まあ、詳しくは知らないけど、私も見えるし、意思疎通はできるのよ。」
「そもそも大昔は、みんなが精霊を見ることができたらしいから、その状態が戻ってきているんじゃないかな。」
先生的には、そういう解釈らしい。私としてもその可能性は高いのではないかと思うお。でも今は、そのことを話を広げるときじゃない。
「わかりました。それで、ベラからクレアちゃんについて色々聞いたってことですね?」
『あんまりクレアのことを勝手に話すのは良くないって思ったけど、レイラの、クレアの母親のことを思うと、これ以上クレアにひどい目に会ってほしくないと思って、話したんだ。』
「ベラはクレアちゃんのお母さんを知ってるのね?」
『知ってるというか、私の元々のパートナーはレイラなんだ。レイラが早くに死んで、一人になったクレアをそのままにできなかったんだ。だから、クレアとパートナーを続けたって感じ。』
「なるほど、だから生まれたときから一緒だったのね。」
『そう。でも、私の力でクレアのことは守れなかった。だから、あんたたちの力を借りようと思ったんだ。もう、これ以上クレアがボロボロになるのを見てられない。私にとってあの子は、自分の子供みたいなものでもあるから……。』
場はシンと静まり返る。
ベラの今の短い言葉には、後悔と懺悔のようなものを感じた。
「ねえ、ベラ。私が前に話したこと覚えてるよね?私は本気で、クレアちゃんを私の家族として迎え入れたいと思ってる。正直、自分で助けてなかったらこんなこと思ってないと思う。でも、私はあの時クレアちゃんを助けた。運命って言ったら聞こえはいいけど、私的には乗りかかった私とクレアちゃんの、運命の交わりの終わりを見届けたいって気持ちなの。だから、助けるよ、ちゃんと責任も持つ。」
ベラの目が潤んでいるのがわかる。
『あたい。正直人間なんて信じてなかった。今も信じてない。だから、私達を助けてくれたマリー、あんたを信じたい。だから、お願いします。クレアを助けてください。』
ベラが深々と頭を下げる。
「もちのろんよ。とはいえ、まだまだ先生に助けてもらうけどね。でも、私もしっかりクレアちゃんに向き合うから。」
二人で頷き合って、私とベラはお互いの信頼を確かめ合う。
突然、パンッと琴音さんが手を叩いた。
「よし。まあ、そちらで話がまとまっているなら、こちらとしても進めやすいわ。じゃあ、シンシア、手続きとかけっこう大変だけど、進めていいのよね?」
琴音さんが、真剣な顔で先生を見ている。
「ああ、大丈夫だよ。マリーがしっかりしたおとなになるまでは、私が後見人になって、この子の師匠になるよ。こんなに才能を感じる子を放って置くわけにはいかないよ。」
琴音さんは頷くと、今度は私の方を向く。
「厳しいことをいうようだけど、今回クレアの後見人はシンシアで、私もシンシアだから、いいと思ってる。正直あなたを信用してはいないの。だから、ちゃんと今回の自分の決断を実現させるために、これからあなたは人として、しっかり成長してほしいの。できるわね?」
「はい。絶対に立派な大人に。立派な精霊士になります。」
当然、まだまだ自分が未熟なのはわかってる。
だから、むしろ今回の学校へ行く話は良かったかもしれないと思えた。学校生活の中で、未熟な自分を知って、成長するんだ。
「そうと決まれば、マリー今日は一旦帰っていいよ。いても何もできないしね。それより、まずは自分のことをしっかり片付けなさい。手続きなんかは私がやるから。」
そうだ、まずは自分のことをしっかりやらないと。
「琴音さん、今日は本当にありがとうございました。自分の進みたい、進むべき方向が少し掴めたかもしれません。」
「ふふ、それは良かった。シンシアから聞いたけど、学校に行くのよね?あなたにとって良き経験になることを願ってるわ。」
そう言って、琴音さんは先生を連れて、歩いていった。
『で、あんたどうすんの?』
シェシェが早速ベラにキツめに絡んでる。
「どうって、クレアちゃんのそばにいるんでしょ。ねえ?」
『当たり前だろ。本当にいちいち怖いなこいつ。』
『こいつって言わないで。』
『……。』
ジリジリとした時間が流れる。ベラはミリのようには折れてくれないみたい。
「まあまあ。今日はつかれたし、ベラも、ほら部屋に戻って。シェシェも帰ろう。ね。」
部屋のドアをそっと開けて、ベラを誘導し、部屋の中へ入れる。
「ささ、かえって資料見ないといけないし。さっさと帰ろう。」
『そうね。』
これから、うまくやっていけるのか心配になりながら、私達は帰路についた。
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