踊り子の魔女 第四十九話:大胆なお願い
「マリー、そのペンダントは何のために私を登録してるんだい。」
先生が笑いながら、呆れた顔でやってきた。
何か忘れていると思ったら、そうだ、ペンダントがあった!
これに連絡がきたんだから、これで連絡を返せばよかったのに。シェシェに戻ってもらう必要もなかった。ごめんねシェシェ。
「そうでした!もう色々あって。色々忘れていました。本当今日は、みんなごめんなさい。」
勢いよく頭を下げて、みんなに謝った。
『まあ、私もペンダントのことを忘れてたし。今日はしょうがないでしょう。』
シェシェが慰めてくれる。
「ありがとう。」
「それで、マリーが助けた女の子は、どうなったんだい?」
「それが、まだ出てこなくて……。」
そう言って治療室のほうを振り向くと、ちょうど、女の子とお医者さんが出てきた。
『クレア!!』
ベラが一目散に女の子のほうへ飛んでいく。
「あの子、クレアっていうのか。」
「みたいですね。」
そう言えば一度ベラが紹介していた気がするけど、すっかり忘れていた。
女の子、もとい、クレアちゃんはまだ目が覚めていないようだ。
「あの、クレアちゃんの容体はどうなのでしょうか?」
私も駆け寄りお医者さんに尋ねる。
お医者さんは、難しい顔をしてこちらを向き、説明をしてくれた。
「栄養失調により、免疫力や身体機能が著しく低下した状態で、通常なら耐えられたような衝撃で、臓器や骨が損傷しやすくなっていました。そのうえ回復能力も低いので、運んでいただくのが遅ければ、今回の暴行で、亡くなっていた可能性がありました。」
亡くなって……。もう少し遅かったら、死んでいたかもしれないと思うと、背筋がゾッとした。こんなに小さな子が、あんな扱いを受けていたなんて、今でも受け入れがたい。
「それで先生、この子はこれからどうなるんでしょうか?」
先生が、お医者さんに尋ねる。
「そうですね。しばらくは意識が戻るまで病院で預かります。それと並行して、保安局のほうに連絡を入れ、この子の身元を調べてもらいます。」
「そうですか。」
「では、この子は病室のほうへ運びます。お名前はクレアさんでお間違えないでしょうか?」
「はい。」
「では、クレアさんのお見舞いについては、受付のほうで聞いてください。」
そういうと、お医者さんは軽く会釈をして、クレアちゃんを連れて行った。
……。どうしよう。この子が奴隷商と一緒にいたって、言ったほうがいいのかな。
『この子、奴隷商につかまってたみたい。』
私が悩んでいると、シェシェが先生にそう言い放った。どうしよう、これ聞かれてたよね?!
私が焦って、シェシェのほうを見ると、シェシェが察したのか、続けて話し始めた。
『大丈夫。他に精霊士がいない限り、私の声は聞こえてないから。だから、私がシンシアに伝えたの。』
あ。
そういう事か。人に聞かれていいのか悩んでいたことを、突然シェシェが話し始めて、心臓がヒュッとしたが。そういう事なら、確かにそうだと納得した。
「なるほど。そうか……。」
先生がしばらく悩みこみ、しばらくして私のほうを向いた。
「マリーはどうしたい?」
私??私が決めるってこと?さっきシェシェにも同じことを聞かれたけど。私でいいの?
「私がどうしたいかって、どういうことですか?」
「マリーもわかってると思うけど。あの子が奴隷商にいた時点で、親を見つけるのは難しい。だから、あの子は孤児院に入るか、他に後見人、または保護者を見つける必要がある。」
そうだ、奴隷商のもとにクレアちゃんはいた。
クレアちゃんが、奴隷になっていたということは、親が売ったか、親が死んだか。このどちらかの可能性が高い。奴隷商が厳しく罰せられるようになってから、さらってきて売るようなことはなくなった。
親が望んで手放した子供。親のいない子供。そんな子供が一番都合がいいんだ。
……。
「つまり、先生は、私に後見人。または保護者になることもできるって言いたいんですね。」
先生はうなずいた。
私は、服についた血を見つめる。クレアちゃんの血だ。
正直、先生に言われるまで孤児院に行く以外の選択肢は考えていなかった。だって、名前以外知らない子だし。私にあの子の人生の責任が持てるかと言われれば、それは無理だ。
『ねえ、マリー、クレアのこと一緒に連れっててくれないかな。』
ぽつりと、ベラが話し始めた。
『確かに、私はクレアと一緒にいるけど、クレアはある日突然私のこと見えなくなったんだ。だから、マリーと一緒に行けば、また見えるようになるんじゃないかって思うんだよ。お願いだよ。』
「見えなくなったって、元は見えてたの?!」
驚いた。てっきり勝手にベラドンナが近くにいるだけかと思いこんでた。
「じゃあ、意思疎通もできてたの?」
『?当たりまえだろ。』
「それは驚いたね。マリーよりもすごいんじゃないか。」
先生の言うとおりだ。本当にすごい。
「じゃあ、クレアは精霊術も使えるの?」
『それはできない。いつもクレアをいじめるやつに、私が勝手に攻撃はしてたけど。』
「なるほど。……え。」
『あの日も、私が何とか出来ればよかったけど。クレアが意識を失って、私だけじゃ運べないから本当に困ってたんだ。そんな時、マリーを見つけたんだよ。』
ことのいきさつがやっとわかった。そういう事だったのか。
確かに、見えていたものが見えなくなったのはかわいそうだ。何とかしてあげたい。でも、十九歳の私には、後見人も、保護者も無理だ。それに精霊士としても、やっと一人前になったところで、人に教えるなんて無理だ。
だから。
「先生!お願いします。クレアちゃんを、先生の弟子に。私の妹弟子にしてください!」
勢いよく頭を下げて、先生にお願いした。私にできる、ベラの願いをかなえるための、今できる最善の手はこれしかない。
「ははは。なるほど、そう来たか。」
先生が、大きな声で笑いだした。
顔を上げると、先生は本当にいつも通りに笑っていた。
「あの、先生。その、つまり、どっちですか?」
「十九歳のマリーが、どんな決断をしても、私も師匠、兼、保護者として、選択した道をできるだけ尊重はしようと思っていたよ。でも、私もさっき言った三択しか、考えていなかったから、まさか、私をあの子の後見人にしようとするなんて、大胆だなと思ったんだよ。」
「え!あ、別に押し付けたいわけではないんですけど。ただ、今の私にとれる最善策は……その……これしかないと。もちろん、先生にとってあんまり前向きなことではないとは思っているんです……。でも、お願いします!」
「わかってるよ。あの子と、この精霊のためにできる一番いい道を選んだんだろ。」
先生が大きく息を吸って、吐く。
「いいよ。」
優しく微笑んで、了承してくれた。
「……!え!本当ですか?」
「いいよ。その精霊の話が本当なら、マリー並みに才能があるだろう。才能のある子をみすみす逃したりしないよ。」
「もう取り消せませんからね!」
「わかってるよ。それにね。マリーがその精霊を助けたいって気持ちが本気なのは伝わったから。……ただし、マリーがもう少し大人になったら、保護者になりなさい。それが条件だ。本当の妹だと思って、これからのあの子の成長はマリーが見守るんだ。それまでは、私が後見人を務めるよ。どうだい?」
妹。
将来、私が、本当に大人になったら。
先生が、譲歩して私の願いを受け入れてくれた。だから、私も頑張りたい。
「わかりました。ありがとうございます!」
「よろしい。じゃあ、一度保安局へ行かないとね。」
先生は、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
余りにも大きな決断と、将来への不安で涙が出そうになった。でも、もう決めたんだ。
「でも、先に、マリーが置いてきたゴミがどうなったか確認しておいたほうがいいか。」
「ゴミ……、あ!」
「やっぱり忘れてた。保安局員が回収してるかどうか見に行くか。」
ふと先生が振り向く。
「君、名前なんだっけ?」
『ベラドンナ。ベラって呼んでくれればいいよ。』
「じゃあ、ベラ、どうする?一緒に来る?それともあの子のそばにいる?」
『クレアのそばにいるよ。』
「わかった、じゃあ、またお見舞いに来るから。」
ベラとはその場で別れ、わたしたちは病院を出た。
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