踊り子の魔女 第四十八話:ベラドンナ
とにかく私は、病院へ急いだ。
ぐったりとして動かないこの子を抱えていると、時間がないのがひしひしと伝わってくる。
お願い。どうか間に合って。
病院の前に降り立ち救急の文字を探す。
見つけた!無我夢中でドアを開け、中へ駆け込む。普段は出ないような大きな声で叫んでいた。
「お願いします!重症の女の子なんです!助けてください!!」
すぐにお医者さんが駆け寄ってきて、後ろからはストレッチャーが運ばれてくる。
あっという間に、少女はストレッチャーに乗せられどこかへ連れていかれる。
「お連れの方はこちらへ!」
声を掛けられ、とにかくついていく。無我夢中でここまで来たけれど、今何がどうなっているのか、頭が追い付かない。
なんでもいい。あの子が助かれば!
***
あ、連絡しないと。
下を向いていた顔を上げて、ふと連絡を入れていないことを思い出した。
が、次の瞬間には忘れて、下を向く。あの子がどうなったのか気になって、他のことが出来ない。
「シェシェか、ミリについてきてもらえばよかった……。」
『ほんとにその通り。』
聞きなれた声に驚き、勢いよく頭を上げる。
「!どうしたのシェシェ!なんでいるの??」
『なんでって、全然帰ってこないからに決まってるでしょ。』
「え、あ、連絡忘れてたー。」
ペンダントを見ると、光っている。これは、先生からだろう。
軽く魔力を込めると、短い文章が浮かんだ。
【おーい。マリー。どこにいるの?連絡頂戴。】
何度も連絡は入れようとした。けど、できなかった。
肩を落としながら謝る。
「ごめん。本当にごめん。忘れてた。」
『気をつけなさい。次からは忘れないでよ、迎えに行こうと思って気配をたどったら病院だった驚き、マリーにわかる?』
「うう。ごめん。」
『で、なんでここにいるの?見るからに体に問題はなさそうだけど。それに、この精霊誰?』
シェシェに聞かれて、事の経緯を話す。
話しているうちに、シェシェの顔がだんだん怖くなっていく。それに比例して私の声は小さく、力なくなる。
『何してるの!馬鹿なの!一人で危ないでしょ!』
こんなに大声を出すなんて、珍しい。キーンと頭の中に響く。
『何考えてるの?あの地区に一人で行って、しかも奴隷商?!マリーの体は、マリーだけのものじゃないの!わかってるの?!』
こうなったら、私は言い訳はしない。
「本当にごめん。反省してます。」
『だいたいねぇ……。』
シェシェの説教が始まる。
こうなったら、私は黙って聞いて、時々反省していることを表明する。シェシェはいつでも正しい。私が何を言っても正論で殴られる。そう。つまり、何も言わないのが最適解なのだ。
もちろん、ちゃんと反省もしてますよ?
一通り話が終わる。シェシェがハァハァと呼吸を整えている。
これだけ怒るのも、私のことを思ってくれているからだ。
『はぁ、で、これは誰なの?』
「あ、この子が、女の子を助けてほしいって言ってきた精霊。……名前は知らないし、何の精霊かも知らない。」
『はぁぁぁ、あのね、別に精霊だって、変な奴はいるの。惑わすやつとか、いたずらするやつとか、バカなのがね。っこんな、名前も聞いてないのに、ついていくなんて……。』
あ、あきれ始めた。
「ですが、女の子は実際ひどい目に遭っていて、助けられたので、今回はよかったということで、お許しください。反省もしています。」
手を合わせて、懸命に許しを請う。
チラッと、シェシェがこちらを見て、ため息をつき、手をひらひらとする。
どうやらお許しが出たみたい。
「じゃあ、あの、今更だけど、改めてあなたのお名前教えてくれる?」
助けを求めてきた精霊のほうを向き、尋ねる。
『私、ベラドンナ。名前、聞けばわかるでしょ。』
「……ベラドンナの花!?」
思わず、上半身をそらしてしまった。シェシェも思わず身構える。
『大丈夫、毒は私の意思で操れるから。』
「よかった。」
『あの、私のためにこの子は、奴隷商と戦ってくれたの。だから、この子を責めるのはやめてほしい。』
おっとぉ。まずい、シェシェに向かって、だいぶ大胆に切り込んでいく。あれはまずい。
シェシェが、真顔でベラドンナのほうを見る。
『それとこれとは、別なの。わかる?マリーはマリーの意思で、あなたについていった。つまりマリーが、自分の判断で、あの場に居たことになる。だから、責任はマリーにある、だから心配させた責任を負わないといけないの。』
『だから、それは私が!』
『あなたは今関係ないの。これは、マリーの問題なの。一つの命を助けたことは素晴らしい。そのことを責めてはいない。でも、マリーを大切に思う人々の気持ちに対しての責任はあるってことを、マリーに伝えただけなの。わかる?』
『……。わかった。そういう事なら。でも、原因の一旦は私にもあるから。それはごめん。』
『本当よね。私のマリーを、あんな危険なところに連れて行くなんて。もし本当に、ただのいたずらだったら、二度と精霊界に行けないようにしてる。いや、日の光が見られないほうがいいか。』
『怖すぎるだろ!おい、あんた。大丈夫か?これが契約精霊でいいのか?』
「大丈夫だよ。本気じゃないから。それと、私のことはマリーって呼んでくれていいから。それから、私も、あなたのことベラドンナって呼んでいいかな?」
『うん。でも長いからベラでいいよ。』
「じゃあよろしくね、ベラ。」
シェシェが来たことで、少し気持ちに余裕が生まれ、一通りの出来事は伝えられた。
さて、これからどうするか。治療室から女の子は出てこない。
『ねえ、マリー。その子が助かったとして、どうするの?あなたは。』
「あ、それは、何も考えてなかった。」
『だと思った。一旦私は戻って、シンシアを呼んでくる。二人はここで待ってて。さすがにこれは、シンシアに相談するべきだと思う。』
「そうだね。先生に相談したい。ごめんねシェシェ、手間かけて。」
『別にこれくらい、大したことない。じゃあすぐ戻るから。』
そう言って、シェシェは家へ戻った。
『ねえ、シンシアって誰?』
「私の、精霊士の師匠だよ。」
『ふーん。』
また、沈黙が戻る。
静かな廊下では、時間が過ぎるのがとても遅く感じられた。
どうか、どうか、あの子が助かりますように。
……。何か忘れてる気がする。
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