踊り子の魔女 旅支度 その四
「はあ。......ふう。」
酒場の裏口に立って呼吸、気持ちを落ち着かせる。
次も泣かないように。気を付けて。
コンコン。ドアをノックする。
「こんにちは。マリーです。ネアはいますか?」
声は震えなかった。落ち着いてる、大丈夫。
中から声がする。
「はいはーい。マリー、ちょっと待ってて。」
ネアの声と同時に、何やら大きなものを動かす音がした。
ガチャ。
ドアが勢いよく開いた。
「ごめんごめん、お待たせ。どうしたの?」
「こっちこそ突然ごめん、約束もしてないから、普段遊ぶ時の時間に来てみたの。話したいことがあるんだけど。まじめな話だから、今日が無理なら日を改めるよ。」
「大丈夫。いつも通り、これで手伝いはおしまい。」
「じゃあ、今から時間ある?」
「もちろん!ほら上がって。先に私の部屋に行ってて、お茶持ってく。」
ネアに促され、私はネアの部屋に向かった。
見慣れたかわいい部屋。この部屋に来られるのもあと数回かな。そう考えながら部屋の中を見渡した。
「お待たせ。たまたまさ、お茶が二種類あったから両方作ってきちゃった。どっちがいい?あと、チョコクッキーもあるよ、これおいしいよね。」
「どんなお茶?香り嗅いでいい?」
「どうぞどうぞ。両方飲んでもいいしね。」
「確かに。でも一応、好きな香りのほうから飲みたいし。」
どちらのお茶にするかという、他愛もない会話に花を咲かせる。このままここにずっといたいと思わせる。でも言わないと。
お茶を選ぶと、私は深呼吸して話し始めた。
「あのね、ネア。今日の本題。私、旅に出ることにしたの。」
「え。......本当に?」
「本当。いきなりでごめん。」
「ううん。大丈夫。びっくりしたけど。というか、理解が追い付いてない。いつ行くの?」
「来年のナギのころ。」
「そっか、すぐじゃないんだね。」
沈黙が続く。
部屋の中から音が消えた。お茶の湯気がゆっくり揺らいでいるのを、こんなに真剣に見つめたのは、初めてかもしれない。心がざわざわする。この静かな時間は、私が壊すべきなのか、ネアが何か言うのを待つべきなのか。
くるくる、くるくる、頭の中でいろんな考えが、駆け巡る。
「寂しくなるね。行かないでって言いたい。」
先に口を開いたのはネアだった。
「私も寂しい。でも行く。ネアに止められても、私は行く。ごめんね。」
喉がぎゅっと閉まるのを感じながら、私は自分の意思を伝えた。口の中が乾いて、手には汗を握ってる。ネアにとっては悲しいことかもしれない。でも黙っては行けない。体が固まって、姿勢を崩せない。誰かに責められることじゃないのはわかってる。でも、姿勢を崩したら、責められそうな、不誠実なような、不安が積もっていくのを感じる。
「頑張って。しっかり頑張ってから、帰ってきてね!」
ネアは大きな声で、私に頑張ってと言った。いつものように明るい声で。
さっきまでの時間が、ウソみたいに。
「うん。しっかり頑張ってくる。たまに休憩するけど。」
「いつでも帰ってきてね。」
「ありがとう。」
「じゃあ、クッキーたべよう。あと他にもお菓子がないか、探してくる。今日はお祝いだね!マリーの門出だよ。」
「いいよ、クッキーだけで。そんなにもらったら悪いよ。」
「いいのいいの。待ってて探してくる。」
そう言って、ネアは勢いよく部屋を出ていった。
たぶん、この話はもう二度としない。寂しくなるから、お互いに。
そう思い、ネアが戻ってくると、私たちはいつものように、なんでもない話を延々と続けた。
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